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東京「あの場所は?」秘宝館

映画やテレビのロケ地、取り壊された建物、あの場所には何があったか、誰も価値を見出さないお宝グッズなどを紹介します。★拍手コメントはブログ管理人TOKUSABUROは拝見出来ますが、お返事が出来ません。なるべく記事下のコメント欄(CM)をご利用ください。匿名、URLなしでもコメント出来ます。(TOKUSABURO宛メールは、メールフォーム欄から送信してください)

「日本一のゴマすり男」目高邸へのドライブコース、ロケ地を走ろう





(1)♪ ある日~ 采女橋(うねめばし) 眉子さんに出会った 

 上野毛の目高重役のお宅に呼ばれていると伝えると、クルマで送ってくれるという。 
 現在の JJK会館のちょっと先から銀座東急ホテル(現在の時事通信)方向へ向けてスタート。

 この映画が公開された時、浜美枝さんは前田敦子さん(元AKB)と同じ21歳。
 スゴクろうたけていますよね。

(マイクロソフトさん、IMEに「采女」「臈長けた」くらい単語登録してくだされや)

 



(2)首都高速環状線、常盤橋あたりを走行中。
 左側が日本ビル。その隣に東京中央電信局が見えます。
 東京中央電信局のことは、麻布田能久さんが「産経会館(東京サンケイビル)」で説明しています。
 現在のアーバンネット大手町ビルの場所にあったらしい。
 そのとなりは、逓信博物館と東京郵政局(関東郵政局)が入っていた建物になりますか…。
 郵政局の建物は取り壊してしまいましたな。




(3)竹橋の横を走ります。クレーンが見えるところはパレスサイドビル工事現場と見ました。




(4)突然ですが、首都高速新宿線、赤坂見附付近を走ります。
 電波塔はTBS東京放送の電波塔です。




(5)前田外科病院の横を通過します。




(6)この映画が公開された5年後、1970年(昭和45年)当時の航空写真です。
 映画公開時には鹿島建設本社ビルは、まだありません。
 



(7)また、竹橋に戻ります。





(8)首都高速新宿線赤坂見附付近よりさらに先、JR中央線緩行信濃町駅横に進みます。
 右端の建物は、南元町にあった犬養毅邸。
 先日購入した「加藤嶺夫写真全集 昭和の東京1 新宿区」に写真が出ていたので確信出来ました。
 現在、女子学生会館明泉となっています。





(9)大手町北側、鎌倉橋あたりに戻ります。
 当時の日本経済新聞社ビルがうつります。




(10)1970年(昭和45年)当時の写真だとこのあたりになります。
 映画が撮影された当時は、まだ日本経済新聞社だけで経団連会館は出来ていません。
 現在は日本経済新聞社も経団連会館も、一区画西側(写真だと右側)に移転しています。





(11)千鳥が淵トンネルに入ります。道順としては竹橋の先になります。





(12)トンネルを抜けると、そこは永田町だった。

 左側に北野アームスの建物がうつった後、この写真の場所に来ます。
 右端にうつっているのは永田町小学校の校舎。
 道順としては(4)(5)に行く、やや手前です。   




(13)南元町の三井住友銀行会館(元は住友銀行会館)横を通過します。
 左端に、デ・ラランデ邸(三島邸)がうつっています。

 以前、このブログ記事に書きました。(↓)
  ★映画「日本一のゴマすり男」に登場するデ・ラランデ邸

 私は三島邸という名前で憶え込んでいるので、
 いまだデ・ラランデ邸だかラ・デデンデ邸だかわかりません。
 (こういうのを「訂正の効かない妄念」というのでしょうか??)



(14)ここは首都高速の赤坂トンネルを抜け南元町に出たばかりのところです。
 右側に見える白っぽい塔は、麹町通り弘済会館ならびのビル屋上にあった不二サッシ広告塔。
 先日ふれた「レッツ・ゴー若大将」の弁慶橋シーンでもチラっと見えます。




(15)赤坂トンネルに続く映像で、建替えられる前のセキスイの建物が左にうつっています。
積水化学四谷寮というのが正しい名前らしい。

さきほどのデ・ラランデ邸より、やや手前になります。
この後、浜美枝さんが演技しながらフォルクスワーゲンの運転も行い、
映画を撮影している自動車と並走するには短か過ぎる距離に思えます。

大体、映画ってカメラは一台で撮影するのでしょ?
仮にフォルクス・ワーゲン後部座席に潜んだカメラと、
撮影用車輛に乗ったカメラと二台いたとしても、相互の連携を取るのは大変だし…
おそらく、幾度か同じ場所を走って撮影しているはず。如何でしょう?
講談社さん、せっかくDVDマガジン出したのだから、そのへんも浜美枝さんに聞いてくだされ。





(16)赤坂見附付近に戻りました。
ホテル・ニュージャパンとTBS電波塔です。
このカットは、まず先ほどの永田町小学校がチラリとうつります。
先ほどはフォルクス・ワーゲン前方から撮影しているのに、ほぼ同じ場所で、
今度は後部座席から撮影しています。
やはり、幾度も同じコースを走って撮影していますよ。 ゼッタイ




(17)この場所は右側にうつる建物のかたちから判明しました。
 次の航空写真をご覧ください。




(18)竹橋の手前、一ツ橋インターチェンジの1970年(昭和45年)の航空写真です。
左下に見える三洋貿易のビルと、その少し先の一階がガソリンスタンドらしいビルがうつります。
三洋貿易のビルは現在は三洋安田ビルという建物になっています。

なお、パレスサイドビル手前の鉄塔が建っている建物は当時の気象庁です。





(19)ところが、突然、渋谷に現れました。
 左側のビルが、山一証券が入っていた名取ビル
 映画ではうつりませんが、右側が渋谷警察署です。




(20)渋谷のフランセがちょっとうつった後、外壁を改装する前の東急プラザがうつり、
フォルクス・ワーゲンは世田谷区上野毛方向へ向かうのでした。

冒頭の采女橋での会話で、日曜日だと語っていますが、日曜日に撮影をしたにしても、
当時の高速三号渋谷線って空いていたのですね。

この後、向かう目高邸のロケ地は「荻窪東宝」さんが近日公開してくれると仄聞してましたが、
本日発売の講談社「東宝 昭和の爆笑喜劇DVDマガジン」VOL.4「日本一のゴマすり男」に、
「上野毛の気になるお屋敷」なる題名で暴露されています。

「上野毛の気になるお屋敷」には「岡本3丁目界隈」とか「荻窪東宝」サイトでしか見聞できない箇所も…。
「上野毛の気になるお屋敷」を書いた人物は、さきほどの「加藤嶺夫写真全集 昭和の東京1 新宿区」監修者の一人でもあります。
「加藤嶺夫写真全集 昭和の東京1 新宿区」の犬養毅邸説明に「昭和12年建築」とあるけど、
犬養毅が暗殺された五・一五事件は昭和7年です。勘定合わなくないですかい?




渋谷の場面では、この高速道路を六本木方向(写真上方)から走ってきました。

























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無題

これでスッキリ読めました。Facebookはシステムが悪いのか投稿通りにいかないですからね。
ありゃ何とかしてもらわんといかんです。

Re:無題

>これでスッキリ読めました。Facebookはシステムが悪いのか投稿通りにいかないですからね。
>ありゃ何とかしてもらわんといかんです。

田沼牛太郎様

Facebookって、字数制限なしの写真投稿機能付きTwitterみたいなもので、アルバム機能もひとまとめに写真を見せるだけで、順序立てて写真を見せることは想定していないみたいですね。
それに投稿自体は書き直し(編集)出来ないし…。ところがコメントは書き直し(編集)が出来るのですね。やっと、Facebookのファンクションが理解できるようになってきました。

  • tokusaburo
  • 2013/05/22(Wed.)

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