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東京「あの場所は?」秘宝館

映画やテレビのロケ地、取り壊された建物、あの場所には何があったか、誰も価値を見出さないお宝グッズなどを紹介します。★拍手コメントはブログ管理人TOKUSABUROは拝見出来ますが、お返事が出来ません。なるべく記事下のコメント欄(CM)をご利用ください。匿名、URLなしでもコメント出来ます。(TOKUSABURO宛メールは、メールフォーム欄から送信してください)

日本一のゴマすり男:大手町ビルから見える東京貿易会館と産業会館


「日本一のゴマすり男」大手町ビル屋上ロケ場面。
眉子(浜美枝)さんに呼びかけられ振り向く中等(植木等)さんの向こうに
2つのビルディングが見えます。

 

南側(写真左側)の建物が東京貿易会館。北側の建物が東京都立産業会館という名前だったらしい。
両方とも、東京都の施設で1954年に建てられ1979年3月に老朽化を理由に閉館しています。
(たったの24年半で閉館。役所の建物は昔からこういうことがあったのですね)

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 産業貿易センターについて - 東京都立産業貿易センター

 http://www.sanbo.metro.tokyo.jp/about_sanbo.html
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その後、土地ごと売却され、この建物ふたつの跡地に大手センタービルが建てられました。
(1983年オープンらしい)



映画を撮影した1965年当時、このふたつの建物の北側は青空駐車場。
1970年当時の写真でも同様です。
この場所は1973年に三和銀行の建物が建てられました。

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解体される大手町の 『旧三和銀行東京本店ビル』 ~大手町再開発1-1計画~

http://blog.goo.ne.jp/abe-blog/e/79a701c232d6475d08ef98386bbd2c2c
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1973年の地図では東京貿易会館と東京都立産業会館の西側(皇居側)は、
国際自動車となっていて、その西側の角に丸の内消防署。
1975年の地図では、丸の内消防署は現在の場所に移転しています。
その後、この場所は大洋漁業(マルハ)の本社がありました。
おそらく、この一区画はすべて東京都の敷地だったのを切り売りしたのでしょう。

現在、大手センタービル以外の三和銀行東京・マルハ本社だったところを
三菱地所が取得し再開発しています。
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「(仮称)大手町1-1計画」について ~丸の内再構築 - 三菱地所
http://www.mec.co.jp/j/news/pdf/mec120611_1.pdf
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1985年の「ぴあmap」です。


三和銀行東京の北側は、有名な「平将門の首塚」がある一角です。
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【ファイルET63】2012.05 07 平将門の首塚は魔都東京一のパワースポット(上)

 http://blogs.yahoo.co.jp/metoronjr7/53268939.html
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大手町のこの辺りは、関東大震災後、霞が関に移転する前の官庁街で、
この場所には大蔵省があったそうですが、1940年6月20日 皇紀二千六百年などと浮かれ、
平将門の怒りに触れたようで、全焼してしまいました。

下の写真は「決定版 昭和史」(毎日新聞社)より


現在、旧日本長期信用銀行本店(その後、大手町パルビルという名前だったらしい)も、旧三井生命本社(今は大手町三井ビルと呼ぶらしい)も三井不動産が取得し、大手町パルビルはすでに取り壊し開始。
大手町三井ビルはフロアごとに賃貸し、まだしばらく貸すようです。


1960年の映画「サラリーガール読本 お転婆社員」。
高校からの親友、星由里子さんと浜美枝さんが建設会社に就職する映画です。



この映画は、会社ロケ地が東京貿易会館と東京都立産業会館。
就職した会社が建設会社で、ビル工事現場が出てきますが、
そのロケ地が旧日本長期信用銀行本店(大手町パルビル)です。




「サラリーガール読本 お転婆社員」には、当時の東京では有名だったのに、
今ではネット検索しても出てこない、あの場所でのロケーション撮影もあります。


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「日本一のゴマすり男」に登場する芝ゴルフ練習場


私…じつは映画ファンではないしロケ地おたくでもありません。

昔の東京の風景写真や建築写真などが好きなのです。
さらには一時期、東京タワーに凝ったことがありまして、東京タワーの絵葉書などは結構持っています。



「日本一のゴマすり男」に出てくる芝ゴルフ練習場。最近まであったのでご存知の方も多いはず。
現在、ザ・プリンスパークタワー東京なるホテルが建っているところの、やや増上寺寄りにありました。
2003年の地図には、まだ芝ゴルフ練習場になっています。

東京タワーの空撮写真は沢山あっても、
芝ゴルフ練習場も写っている写真は少ないことに気づき探してみました。
出典は、また1970年のノーベル書房の写真集です。



カラー写真は、日本天然色写真の絵葉書。

赤白緑の屋根は東京タワーボウリング。隣のビルディングは当時の東京12チャンネル本社。
2003年の地図では、アミューズメントホールと東京タワー芝公園スタジオになっています。
東京タワーボウリング(アミューズメントホール)の場所は、現在東京芝とうふ屋うかいとなっています。
1970年のモノクロ写真で、芝ゴルフ練習場のフェンス脇(写真右端)にも、ボウリングのピンが立った建物があるのがわかるでしょうか。
ここは当時の地図では、芝ボーリングセンターとなっています。



芝ゴルフ練習場のあったところは、戦前まで徳川家の霊廟があったところだそうです。
空襲で焼け、墓地も滅茶苦茶になったらしい。
終戦直後の小平事件が発覚した死体発見現場も、このあたりだそうです。

「日本一のゴマすり男」の前年に公開された「日本一のホラ吹き男」。
映画冒頭で植木等さんが東京五輪音頭を歌う武蔵野陸上競技場は、
昭和19年11月にB29が東京を初空襲した中島飛行機武蔵工場のすぐ横です。




中島飛行機武蔵工場跡地では、戦後、プロ野球の試合も行われたそうです。

★武蔵野市にあった幻のプロ野球スタジアム

  http://tokudesu.blog58.fc2.com/blog-entry-67.html








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「日本一のゴマすり男」ラストシーンのロケ地を見てみよう






眉子さん(浜美枝)を怒らせてしまった中等(なかひとし:植木等)、
そうか、オヤジがいつもオフクロに使ってたあの手か…。







大手町ビル屋上を走り出します。







芝浦のヤナセ本社ビル立体駐車場のスロープを駆け上がります。

私の高校の体育教師が、植木等は百メートルを11秒台で走り、
当時の学生陸上では名が知れた選手だったといっていました。







眉子さんにひたすら謝る中等。モノレールの向こうに建設中なのはパナソニックの看板がある建物
興和三田ビル)でしょうか。








出発進行









工事現場らしきクレーンと、右側にはビルディングがあります。








高速道路のインターチェンジで、いきなり左寄せ。 アブナイダロ








白バイ警官(谷啓)が走ってきました。
この白バイ、本当に転倒したのか演技なのか、白バイを転倒させた直後にするりと起こします。
荻窪東宝さんは演技ではなくハプニングだろうとの判断です。
いずれにせよ、すごいオートバイ操縦技術の持ち主。丸顔なのですが谷啓さん本人じゃないですよね。









車内を覗くと、中等は眉子さんと接吻(じつは頬っぺたを重ねているだけの生真面目な演技)。
呼びかけに応じぬので、リアウインドに「駐車違反」の紙を貼るとクルマはするすると走り出します。
そのあと、前方に停まっていたパトカーも走り出すでしょう。
あのパトカーは撮影現場を監視していたのでしょうか? 見るたびに気になります。



(補足)荻窪東宝様より以下の御意見をいただきました。
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谷啓の白バイ警官のことですが、私は谷啓自身がバイクを走らせてきて、停めたと思ってます。
体型的な特徴や身のこなし、谷啓さんそのものですし、あのコケそうでいて、かろうじてコケない停め方は、やろうと思って出来るものではないように思えます。
あれをNGにしたら、もう一度バイクを同じ方向に環状線を走らせて来なくてはならなくなるし、そうそう長時間、高速上での撮影許可は出なかったのではないでしょうか。パトカーが去っていくのは警察が立ち会ったのではないかと思ってます。いくらなんでも無許可で白バイの走行はマズイです。
コケそうになったのは予期せぬ事態だったけど、OKにせざるをえなかった、むしろあれも面白いのではないか、という判断だったのでは、と想像しています。
谷啓さんは出演者にクレジットされていないとのことです。
ラストシーンで谷啓さんを不意に登場させて観客を驚かせようとする狙いだったかもしれませんね。
しかし、この作品、クレージーで出演していないのはハナ肇さんだけなんですよね。他は全員出ている。だから、急に谷啓さんが出てきたからといって、それほど効果は無いような気がしないでもないですけど。
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ラストシーン「日本一のゴマすり男」のタイトルが出て、この後「The end」。

正面のビルをごらんください。三洋貿易と書いてありますね。

「『日本一のゴマすり男』目高邸へのドライブコース、ロケ地を走ろう」に出てきた三洋貿易ビルが、
今度は西側から再登場です。








「日本一のゴマすり男」ラストシーンのロケ地は、当時の気象庁北側と如水会館の間あたりに位置する
一ツ橋インターチェンジだったのです。

加藤嶺夫さんが昭和44年4月20日にパレスサイドビル屋上から撮影した気象庁の写真が、
「東京の消えた風景」(小学館)に載っていて、このロケ地を確認できます。


グーグルのストリートビューで、映画「日本一のゴマすり男」ラストシーンのロケーション場所を辿ってみました。

一ツ橋インターチェンジ合流地点からみると、こんな感じです。
三洋貿易ビルの跡地に建てられた三洋安田ビルは西隣にもビルディングが建っているため、
直接はうつりません。








荻窪東宝さんによると、首都高速5号池袋線は映画「日本一のゴマすり男」公開当時は、
まだ開通していなかったそうです。
だからこそ、高速道路上にクルマを停めてのラストシーンが撮影出来たのですね。
(開通前の高速道路は道路法上の道路ではないから「駐車禁止」は成立しないのではないか)


もう少し接近してみました。








谷啓さんが白バイで追いかけてきたのは、現在のパレスサイドビル方向からですね。
当時のクレーンはパレスサイドビル建設工事現場。右手に見えた四角い建物は科学技術館でした。










なぜ、芝浦から出発したのにラストシーンは西から走ってきたのでしょう。
まず上野毛の目高邸へ婚約の報告に行った帰りだったに違いありません。
律義な中等と眉子さんなのでした。





      





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「日本一のゴマすり男」後藤又之助が入院した病院は、あのマンションだった


鳩子さん(中尾ミエ)からパパ(後藤又商事大社長後藤又之助:東野英治郎)を説得してと
頼まれた中等(なかひとし:植木等)は、大社長の入院先病院にタクシーで駆けつけました。

こういうときは、後藤又自動車の試乗用自動車を勝手に乗り回したりしないのです。
中等さんは公私のけじめに厳しいのだ。 ウム

駒沢オリンピック公園の塔が見えます。国立第二病院ですね。

 

病院の中に入りました。
列をなす見舞客に、ちょっと失礼。



中等より先に、列をなす見舞客を無視し大社長秘書に「よぉ」と声をかけたのに、
秘書から面会謝絶ですと病室への立ち入りを断られた後藤又自動車小泉社長(進藤英太郎)にも挨拶。
(決して相手を無視したりせず、中等はいつも円滑な人間関係を心がけているのです)

「さきほど電話した中(なか)ってもんですが」。

「どうぞ、お入りください」



小泉社長「キミ、無礼じゃないか。あの男はうちの会社の平社員だぞ」

大社長秘書「は、大社長とは特別な御関係で…」

小泉社長「特別な関係…??」



この階段の手すり…どこかで見たことありませんか?

ありゃまぁ、「日本一のホラ吹き男」で草笛光子さんが住んでいたマンションではないですか。
壁に十字型の模様があるのも同じです。




「日本一のホラ吹き男」で草笛光子さんが住んでいたマンションは、
新宿区大京町にあった「エンパイアコープ」。
「日本一のホラ吹き男」では外装と玄関先まではうつりますが、
そのあとの居住棟まで「エンパイアコープ」内でロケーション撮影したのかは存じません。
とにかく、「日本一のゴマすり男」病院内部と
「日本一のホラ吹き男」マンション内部は同じロケ地です。
(まさか同じスタジオセットではありませんよね)



後藤又之助の病室シーン…。
「エンパイアコープ」でのロケだったとしたら、上から二つ目の場面で
中等が病院フロア内に入ってきたように装い出てくる部屋で、
マンションの集会場みたいな部屋だったのではないかと勝手に推理してます。




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「日本一のゴマすり男」目高邸ロケ地から見える二子玉川園




 

5月21日に出た「東宝 昭和の爆笑喜劇 DVDマガジンVol.4 日本一のゴマすり男」で、
目高邸ロケ地は上野毛の五島美術館だと明かされています。
(荻窪東宝さんが、すでにこの以前に発見済みでした)



庭先から、当時の二子玉川園が見下ろせるのでわかります。



二子玉川園は1985年(昭和60年)に閉鎖されました。
翌年の地図には「二子玉川園跡」という表示がされています。
この後、ほんの少しの間、ナムコ・ワンダーエッグという施設がありました。




現在、高層マンションが建っているあたりです。




中等(植木等)が引っ越しのご挨拶に伺った場面にうつっている門は、
五島美術館の不老門ではないかと思います。

映画の中で「目高パーティー」を主宰する目高重役は、当時、日高パーティーを主宰していた
日高孝次先生がモデルであることは申すまでもありません。


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「日本一のゴマすり男」目高邸へのドライブコース、ロケ地を走ろう





(1)♪ ある日~ 采女橋(うねめばし) 眉子さんに出会った 

 上野毛の目高重役のお宅に呼ばれていると伝えると、クルマで送ってくれるという。 
 現在の JJK会館のちょっと先から銀座東急ホテル(現在の時事通信)方向へ向けてスタート。

 この映画が公開された時、浜美枝さんは前田敦子さん(元AKB)と同じ21歳。
 スゴクろうたけていますよね。

(マイクロソフトさん、IMEに「采女」「臈長けた」くらい単語登録してくだされや)

 



(2)首都高速環状線、常盤橋あたりを走行中。
 左側が日本ビル。その隣に東京中央電信局が見えます。
 東京中央電信局のことは、麻布田能久さんが「産経会館(東京サンケイビル)」で説明しています。
 現在のアーバンネット大手町ビルの場所にあったらしい。
 そのとなりは、逓信博物館と東京郵政局(関東郵政局)が入っていた建物になりますか…。
 郵政局の建物は取り壊してしまいましたな。




(3)竹橋の横を走ります。クレーンが見えるところはパレスサイドビル工事現場と見ました。




(4)突然ですが、首都高速新宿線、赤坂見附付近を走ります。
 電波塔はTBS東京放送の電波塔です。




(5)前田外科病院の横を通過します。




(6)この映画が公開された5年後、1970年(昭和45年)当時の航空写真です。
 映画公開時には鹿島建設本社ビルは、まだありません。
 



(7)また、竹橋に戻ります。





(8)首都高速新宿線赤坂見附付近よりさらに先、JR中央線緩行信濃町駅横に進みます。
 右端の建物は、南元町にあった犬養毅邸。
 先日購入した「加藤嶺夫写真全集 昭和の東京1 新宿区」に写真が出ていたので確信出来ました。
 現在、女子学生会館明泉となっています。





(9)大手町北側、鎌倉橋あたりに戻ります。
 当時の日本経済新聞社ビルがうつります。




(10)1970年(昭和45年)当時の写真だとこのあたりになります。
 映画が撮影された当時は、まだ日本経済新聞社だけで経団連会館は出来ていません。
 現在は日本経済新聞社も経団連会館も、一区画西側(写真だと右側)に移転しています。





(11)千鳥が淵トンネルに入ります。道順としては竹橋の先になります。





(12)トンネルを抜けると、そこは永田町だった。

 左側に北野アームスの建物がうつった後、この写真の場所に来ます。
 右端にうつっているのは永田町小学校の校舎。
 道順としては(4)(5)に行く、やや手前です。   




(13)南元町の三井住友銀行会館(元は住友銀行会館)横を通過します。
 左端に、デ・ラランデ邸(三島邸)がうつっています。

 以前、このブログ記事に書きました。(↓)
  ★映画「日本一のゴマすり男」に登場するデ・ラランデ邸

 私は三島邸という名前で憶え込んでいるので、
 いまだデ・ラランデ邸だかラ・デデンデ邸だかわかりません。
 (こういうのを「訂正の効かない妄念」というのでしょうか??)



(14)ここは首都高速の赤坂トンネルを抜け南元町に出たばかりのところです。
 右側に見える白っぽい塔は、麹町通り弘済会館ならびのビル屋上にあった不二サッシ広告塔。
 先日ふれた「レッツ・ゴー若大将」の弁慶橋シーンでもチラっと見えます。




(15)赤坂トンネルに続く映像で、建替えられる前のセキスイの建物が左にうつっています。
積水化学四谷寮というのが正しい名前らしい。

さきほどのデ・ラランデ邸より、やや手前になります。
この後、浜美枝さんが演技しながらフォルクスワーゲンの運転も行い、
映画を撮影している自動車と並走するには短か過ぎる距離に思えます。

大体、映画ってカメラは一台で撮影するのでしょ?
仮にフォルクス・ワーゲン後部座席に潜んだカメラと、
撮影用車輛に乗ったカメラと二台いたとしても、相互の連携を取るのは大変だし…
おそらく、幾度か同じ場所を走って撮影しているはず。如何でしょう?
講談社さん、せっかくDVDマガジン出したのだから、そのへんも浜美枝さんに聞いてくだされ。





(16)赤坂見附付近に戻りました。
ホテル・ニュージャパンとTBS電波塔です。
このカットは、まず先ほどの永田町小学校がチラリとうつります。
先ほどはフォルクス・ワーゲン前方から撮影しているのに、ほぼ同じ場所で、
今度は後部座席から撮影しています。
やはり、幾度も同じコースを走って撮影していますよ。 ゼッタイ




(17)この場所は右側にうつる建物のかたちから判明しました。
 次の航空写真をご覧ください。




(18)竹橋の手前、一ツ橋インターチェンジの1970年(昭和45年)の航空写真です。
左下に見える三洋貿易のビルと、その少し先の一階がガソリンスタンドらしいビルがうつります。
三洋貿易のビルは現在は三洋安田ビルという建物になっています。

なお、パレスサイドビル手前の鉄塔が建っている建物は当時の気象庁です。





(19)ところが、突然、渋谷に現れました。
 左側のビルが、山一証券が入っていた名取ビル
 映画ではうつりませんが、右側が渋谷警察署です。




(20)渋谷のフランセがちょっとうつった後、外壁を改装する前の東急プラザがうつり、
フォルクス・ワーゲンは世田谷区上野毛方向へ向かうのでした。

冒頭の采女橋での会話で、日曜日だと語っていますが、日曜日に撮影をしたにしても、
当時の高速三号渋谷線って空いていたのですね。

この後、向かう目高邸のロケ地は「荻窪東宝」さんが近日公開してくれると仄聞してましたが、
本日発売の講談社「東宝 昭和の爆笑喜劇DVDマガジン」VOL.4「日本一のゴマすり男」に、
「上野毛の気になるお屋敷」なる題名で暴露されています。

「上野毛の気になるお屋敷」には「岡本3丁目界隈」とか「荻窪東宝」サイトでしか見聞できない箇所も…。
「上野毛の気になるお屋敷」を書いた人物は、さきほどの「加藤嶺夫写真全集 昭和の東京1 新宿区」監修者の一人でもあります。
「加藤嶺夫写真全集 昭和の東京1 新宿区」の犬養毅邸説明に「昭和12年建築」とあるけど、
犬養毅が暗殺された五・一五事件は昭和7年です。勘定合わなくないですかい?




渋谷の場面では、この高速道路を六本木方向(写真上方)から走ってきました。

























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「日本一のゴマすり男」サカナ釣りロケ地の秘密…


趣味が釣りの山根係長と一緒に釣りに出かけた中等(なかひとし)、
帰りがけにアジの開きを買い求めます。

 



この海岸、いくらなんでも波がおだやか過ぎませんか?




帰りの電車で、週刊現代を読む山根係長に中等が話しかける車内場面の後、
走り去っていく電車が映りますが「三島・修善寺」らしき文字。
「三島・修善寺」って伊豆箱根鉄道でしょ?
伊豆急行なら海沿いを走るけど、伊豆箱根鉄道は伊豆半島の山中を走りますよね。
アジの開きでコロっと騙されたけど、このロケ現場は海ではなく湖ではありませんかい?

そうなると、いったいどこの湖でしょう?

この映画冒頭、富士急のバスが出てくる帰省シーンがあります。
つまり山梨県でのロケーション撮影。同じ日に、富士五湖のどこかの湖に寄って、
このサカナ釣りシーンを撮影したのではないでしょうか?

ジョージ箱田が宿泊するホテルが東京プリンスホテルなど、プリンスホテル(当時の国土計画?)の撮影協力あるいはタイアップを受けていたため、西武系列の伊豆箱根鉄道の車体を撮影し使用し差しこんだのかな。




富士五湖のうち、富士急沿線でいちばん近い湖というと河口湖ですよね。
河口湖に、こんな風景のところがあるかご存知の方は教えてください。



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「日本一のゴマすり男」植木等・二瓶正也カーチェース場面ロケ地を辿る


後藤又自動車ショールームに初出勤した中等(なかひとし)。
まだ、誰も出社していないショールームで電話を受けます。
中村(南利明)と名乗る客からクルマの試乗をしたいので、すぐに来てくれとのこと。

 



さっそく出発。
首都高速道路羽田線を羽田方向へ向け走っています。
映っているのは大正14年に出来た日の出埠頭
現在、この横を首都高速台場線と「ゆりかもめ」が右方向へ分岐して行きます。
(古いデジカメで撮ったら妙な画像になったけど、そのままアップしました)
グーグルマップでみると、このあたりです。⇒ 





皆さま、左手をごらんください。
この三角形の屋根は、当時、進駐軍(在日米軍)の物資倉庫でございました。

なんで、そんなことを知っているかと申しますと、
富岡畦草さんの「東京 消えた街角」に昭和36年と平成3年の
この場所の写真が出ていて説明書きがあるからデス。


現在、港区港南3丁目の職業安定所があるあたりらしい。
今はこのすぐ横で「ゆりかもめ」がトグロを巻いている場所といえば、
わかりやすいかと思います。

進行方向から撮影すると、左後ろに芝浦のヤナセが画面に入ったと思いますが、
ラストシーンのお楽しみにするためか、ここでは素通りです。





中村様ご指定の場所に到着しました。
駒沢のオリンピック公園東側の駐車場です。




カメラを左側に向けると、子供たちが歩く向こうに建物があります。
国立東京第二病院(現在の国立病院東京医療センター)。
この映画の終盤に鳩子さんのパパ(後藤又之助:東野英治郎)が入院する病院です。
オリンピック公園を背景にタクシーで見舞いに訪れます。

中村様を乗せ画面左側(北方向)へ走り出します。





中村様、ご指定のゴルフ場に到着。
ただ乗ってみただけ、もう帰ってよろしいと追い返されます。

ゴルフ場は赤白青のペナントカラーから程ヶ谷カントリー倶楽部のようです。
グーグルアースで見ると、上空からみた現在の建物と道路の関係も似ています。
ストリートビューで下りられるコースが設定されていますが作動しません。
どうやらクレームがついてクラブハウスのストリートビューが出来ないようにしたみたい。
「程ヶ谷カントリー倶楽部クラブハウス」で画像検索しても、これまた出てこない。
ひとこと申しあげてよろしいでしょうか?  …ケチ





高速道路を走ってきます。どこかはワカラン。





植木等のクルマに抜かれた二瓶正也(青いクルマに乗っています)が加速し追いかけ始めます。
ただし、道路脇にガードレールがあるので一般道を走った場面を差しこんだようです。





どうやら高速道路は第三京浜だったみたい。
Wikipediaに出てくる玉川インターチェンジの写真と同じ道路配置です。




二台のクルマは、玉川インターチェンジでそろって右折し環状8号線に入ります。
二瓶正也さん、右折する時に右方向に向けて軽く手を上げますね。
直進車が停車し撮影協力してくれたのでしょうか?





駒沢オリンピック公園横を走り抜けます。
先ほど、中村様をお迎えに来た時は南方向から駐車場に入り北へ向かいました。
今回は駒沢通りを西から東へ走っています。




ここはよくわかりませんが、右後方に出光のガソリンスタンドが見えます。
玉川田園調布の玉川浄水場横ではないでしょうか?
左側が浄水場となりますが、生憎映画では映りません。
左後ろに明治生命の支部が見えます。




さて、ここがさらにムズカシイ…。
この場面のちょっと前に、植木等さんのクルマの向こう側を歩行者が歩いています。
ところがギッチョン…そのさらに向こうをタクシーが右方向から来てすれ違って行きます。
車道が右側通行で中央に歩道がある道路??

…先ほど中村様をお迎えし北に走り去った駒沢オリンピック公園の駐車場を、
今度は南方向へ向け走っているところを道路に見せかけて撮影したのでしょう。
すると、背景になっている建物は国立第二病院かな。




ここは明々白々、わかりやすいですね。
左から渋谷区役所、渋谷公会堂、NHK放送センター。
渋谷区役所と公会堂は建替えが決まりました。
NHKも建替えを検討中だそうです。
最近の建物って土建屋さんにそそのかされて50年程度で建替えちゃうんだよね。
勿体ない。




この場所、渋谷区役所・渋谷公会堂・NHK放送センターと、
代々木体育館の間に差しこんであったから、代々木公園の横だとばかり思っていました。

だけど、代々木公園の向こうに送電線など、当時からなかったぞい。
駒沢オリンピック公園の前、駒沢通りに架かる二本の陸橋のうち西側の陸橋から撮影したでしょ。

映画の中で植木等さんが駒沢オリンピック公園で踊る場面で、左端に映っている建物が映ります。




またもや背後に送電線を…。オイラを騙くらかそうというする魂胆だな…。

この送電線は駒沢でなく、さきほど玉川インターを出た時、右側に映る線でしょ?
環状八号線の野毛公園を過ぎ等々力へ行くあたりではないですか。
この後、カメラの上を自動車が走り抜ける場面と、クルマを背後から追う場面がありますが、
同様の場所だと思います。




代々木の体育館横に戻りました。





突然、首都高速の元赤坂から赤坂・三宅坂方向へ。
この辺りの光景は古澤憲吾監督がお気に入りだったようで、ロケーション撮影でよく使われます。





同じ高速道路でも、羽田線に移りました。





なぜ、羽田線とわかるかというと右後方にうつる青っぽい建物が、
昭和45年(1970年)当時の写真で確認できるから。

昭和16年(1941年)に建てられた都立芝商業高校の木造校舎だそうな。
この校舎は昭和47年(1972年)に5階建に建て替えられ、
たった23年後の平成7年(1995年)に現在の校舎に建替えられています。
太平洋戦争開戦の年に建てた木造校舎を31年も使ったのに、
鉄筋コンクリート5階建て校舎は、なぜ23年で建替えたのだ?
勿体ない。東京都民税を無駄遣いしおって…責任者、出てこい!!!


右手奥の木立が浜離宮恩賜庭園になります。

左端の建物はグーグルマップでみると、東京ガス(株)制圧器室というらしい。
現在の東京ガス本社社屋の海側に今もあります。

ひとつ前の写真で二瓶正也さんのクルマの向こうにある煙突のある建物は、
東京都計量検定所の当時の建物になるのでしょうか。
昭和45年(1970年)当時の写真にも写っています。




いつの間にか高速道路を降り、また赤坂見附に戻りました。
道路向こうは衆議院議長公邸。
赤坂プリンスホテル横からパトカーが発進します。




ヤナセに戻ってきました。おかえりなさい。

















拍手[9回]

「日本一のゴマすり男」字幕タイトルの空撮ロケ地を見てみよう



昭和の爆笑喜劇DVDマガジン「日本一のゴマすり男」が発売されます。



畑の中を走る東海道新幹線。
おそらく、新横浜あたりで東京からそんなに離れていないところです。



またもや登場、赤坂見附交差点と弁慶橋。



駒沢のオリンピック競技場



東京スカイツリーではありません。



よくわからんけど、左側の突き出たところが「夢の島」で、右側が豊洲でしょうか。



清洲橋です。



中野区富士見町の営団地下鉄車庫。
ここは丸ノ内線の車庫なのに、赤い丸ノ内線の中に一編成だけ黄色い銀座線が混じっているのはなぜなのでしょう。



どこかの団地ですよね。ご存知の方、教えてください。



祝田橋交差点。左が二重橋方向。



京橋三丁目から宝町方向へ北上します。



真ん中あたりが京橋二丁目。



真ん中のビルが、日本タイプライター株式会社(京橋1-1-12)(京橋1-11-2)
左端は「ときわ相互銀行」(日本橋3丁目)昭和通りを挟んだ向かい側が朝日ビルです。


この後、カメラが地上撮影に切り替わり植木等さんが呉服橋交差点を渡ってきますが、
空撮映像と地上映像は場所がつながっていません。


1985年(昭和60年)の日本タイプライター雑誌広告。
すでに日本語ワードプロセッサーが普及し始めていた時期です。









拍手[7回]

映画「日本一のゴマすり男」に登場するデ・ラランデ邸

 

 

東京・信濃町の「デ・ラランデ邸」復元 食堂はカフェに (朝日新聞)

 http://www.asahi.com/national/update/0421/TKY201304210095.html

 

日本一のゴマすり男「デ・ラランデ邸」


先日「デ・ラランデ邸」が江戸東京たてもの園に復元されたという記事が載っていたので、なんじゃそりゃ?と思ったら、信濃町にあった三島邸の写真が出ていました。

 映画「日本一のゴマすり男」で、目高パーティーへ向かう高速道路の場面に映っています。(左端の赤い洋館)


デ・ラランデ邸
信濃町にあったCBSソニースタジオとデ・ラランデ邸(1992年2月28日撮影)。
英語読み上げ算教育協会は、以前は「英語読み上げソロバン塾」という看板でした。
どんなふうに英語で読み上げるのだろうと、ずっと思っていました。
 











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