東京「あの場所は?」秘宝館

映画やテレビのロケ地、取り壊された建物、あの場所には何があったか、誰も価値を見出さないお宝グッズなどを紹介します。★拍手コメントはブログ管理人TOKUSABUROは拝見出来ますが、お返事が出来ません。なるべく記事下のコメント欄(CM)をご利用ください。匿名、URLなしでもコメント出来ます。(TOKUSABURO宛メールは、メールフォーム欄から送信してください)

「若い川の流れ」石原裕次郎の下宿は自由が丘か緑が丘

会社を休んだ石原裕次郎は銭湯に行きます。
銭湯「東湯」の隣「めし」と書いてある看板には(72)7018の電話番号。
現在の電話番号に置き換えると03-3723-7018。
ネット検索すると、この固定電話番号は、現在、自由が丘のとなり目黒区緑が丘2丁目にある会社がFAXで使っています。
その緑が丘の会社の近所に「みどり湯」という銭湯がありますが、看板を変えたのかは不明です。



銭湯の帰りに映画館に立ち寄り洋画の西部劇を見た裕次郎。
この映画館は、現在、パチンコ&スロットPREGOになっている場所にあった「自由が丘劇場」(目黒区自由が丘1-13-11)だと思います。昭和61年の地図にはまだ載っていますが、翌年の住宅地図では更地になっています。




下宿に帰ると、留守中に北原三枝が来ていましたが、とあることが原因で北原三枝は怒って帰ってしまいます。



追いかける裕次郎



現在も自由が丘駅前にある一誠堂(目黒区自由が丘1-29-7)の横を通り駅前バスターミナルへ



渋谷行きバスに乗った北原三枝を追いかけ満員のバスに乗り込みます。

途中でバスを降りてしまう北原三枝・・・



この場所は正確にはわかりませんが、にっかつの映画紹介サイトに列挙されたロケ地に「都立大学前」という記載があります。この場所が都立大学前だとするならば、都立大学駅北口の目黒通り沿いだと思います。



あるいは千田是也専務自宅近所の風景が柿の木坂辺りに似ているので、都立大学前というのは専務さんの自宅近所ロケ地なのかとも思いましたが、それならば柿の木坂と書くのではないでしょうか。

なお自由が丘駅前を通り渋谷へ行く路線バスは昭和57年のバスルートマップでもすでにありません。石原裕次郎の下宿近辺から都立大学駅へ行くとすると、田園調布から都立大学へ行くバスが自由が丘と緑が丘の間を通り都立大学駅南口のバス停を通り目黒通りを横断するかたちになります。



北原三枝が駆け込む交番は警視庁目黒警察署新町派出所となっていますが、そんな地名はないしセット撮影でしょう。




さてさて、話は進んで映画終わり近く・・・
有楽町で会食をした芦川いづみは石原裕次郎を自宅へと誘います。
今晩、自宅には北原三枝が来ていると伝えるタクシーの中から見える1階にパンアメリカン航空の看板が見える建物。この映画公開の前年暮れに出来たばかりの三菱商事ビル(後の三菱商事別館)です。



右側から丸の内三井ビル、三菱商事ビル、丸の内郵船ビル。いずれも現在は建替えられています。




この後、映画では東京駅方向から「荒川土手」行きの都バスが出て来ます。
この都バス路線は現在もあります。

         


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「若い川の流れ」千田是也専務の自宅は都立園芸高校の近所

またもや話が戻ります。
石原裕次郎と北原三枝が働く会社は大手町ビルディングにあります。
土曜日の午後、専務の千田是也から自宅に届け物をしてほしいと石原裕次郎が頼まれるところから話は始まります。
その直後、女性社員たちが立ち話をする場面、うしろに花屋さんがあります。



この映画が上映された2年前、昭和32年に大手町ビルが出来た時から1階にあるハセガワフローリスト大手町ビル店。60年以上経っても店舗デザインが同じです。






専務さんの自宅へ行くと、一人娘の芦川いづみさんから自分と見合いさせるため届け物をさせられたと教えられた石原裕次郎。芦川いづみさんも裕次郎さんのことを気に入り、趣味はテニスという石原裕次郎を近所のテニスコートに誘います。
このテニスコートのロケ地は、玉川電話局テニスコートだと日活の映画紹介サイトに書いてあります。玉川電話局の住所は世田谷区中町3-3。現在はテニスコートは見当たりませんが、映画で火の見櫓が写っている場所が玉川消防署ですね。





テニスを終えた後、二人があるく銀杏並木。映画ポスターでも使われている場所です。
もしやと思い、玉川電話局北側にある都立園芸高校(世田谷区深沢5-38-1)の写真を見てみると、ありましたありました。校門からの見事な銀杏並木。(グーグルマップでは見えにくくてスミマセン。こちらを見て下さい。⇒


専務さんの自宅はこのお宅です。もしかして、この近所でロケーション撮影したかも知れません。









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「若い川の流れ」石原裕次郎は自由が丘「馬里邑」横で公衆電話を借りる

 前回の川地民夫出演場面、四谷外濠グラウンドへ行く前ですが、石原裕次郎・北原三枝はビルディングの屋上を歩きます。
二人の勤務先は、この映画の2年前に出来た大手町ビルディングが映し出されますが、屋上場面は日比谷の日活本社屋上。現在、ペニンシュラ東京になっている場所です。



不二越ビル(現フジコシビル)屋上にあった森永の地球儀広告塔、東芝のマツダビルなどがうつっています。




上京した両親がタクシーに乗るのを見送った石原裕次郎は、道路を渡り「すいません 電話貸して下さい」果物屋さんの女性は「どうぞ」と応じます。昭和34年当時、店先の公衆電話を使うとき、わざわざ声を掛けるのがマナーだったのでしょうか。


果物屋さんの両側に「馬里邑」の文字。果物屋さんは「馬里邑」角の部分だけ使っている様子。
「馬里邑」のサイトをみると、昭和36年に田園調布に移転したそうですが、この時はまだ創業した自由が丘にあります。




右奥に「都寿司」の看板があるので場所がわかりました。



都寿司はすでに閉店している様子ですが、グルメサイトで住所が出て来ます。
東京都目黒区自由が丘2-11-1
自由が丘駅前のこの場所で、石原裕次郎は電話を借りています。





昭和の終わり当時の地図をみると、この店舗の左側、現在薬屋さんになっている場所にあった「越後屋」さんは果物屋さん。越後屋さんが最初に出店していた場所が、この角地だったのでしょうか?










      

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「若い川の流れ」で川地民夫が石原裕次郎・北原三枝にからんだ場所



デート中の石原裕次郎と北原三枝 前方から歩いてきた不良少年二人組




北原三枝は不良少年二人組の一人、川地民夫の手を引き現金を渡します。
実は川地民夫は北原三枝の弟でした。

ここは外濠通り。現在の外濠グラウンド横あたりになります。
下の写真で川地民夫の左側に写っている建物が、建て替え前の雙葉学園校舎。
現在は木が繁ってよく見えませんが、この辺りです。 → 



街灯は当時と同じ場所でしょう。


上の写真で右手にある建物は光文書院と中華学校だと思います。

この場所は日活映画「青年の樹」で、クルマで走り抜け都電と衝突しそうになる場面でも使われています。





   


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