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東京「あの場所は?」秘宝館

映画やテレビのロケ地、取り壊された建物、あの場所には何があったか、誰も価値を見出さないお宝グッズなどを紹介します。★拍手コメントはブログ管理人TOKUSABUROは拝見出来ますが、お返事が出来ません。なるべく記事下のコメント欄(CM)をご利用ください。匿名、URLなしでもコメント出来ます。(TOKUSABURO宛メールは、メールフォーム欄から送信してください)

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荻窪東宝サマより、拍手とともに以下のコメントをいただきました。
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「なるほど、そういうことですね。サッポロビールはどう考えても違いますよね。 そうかあ、三ツ矢サイダーもバヤリースオレンジも朝日麦酒の製品なんですね。今は宴会でお酒が飲めない人はウーロン茶と決まっているようなものですが、昔はサイダーかジュースでしたよね。スーパードライ発売以前の朝日のシェアはキリン,サッポロに次いで、のように覚えてますが、しかし下戸の需要は一手に引き受けていたんですね。」

荻窪東宝サマ ありがとうございました。

田沼久太郎サマより、拍手と共に以下のコメントを戴いております。

田沼久太郎サマより、拍手と共に以下のコメントを戴いております。

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「サントリー」名前の由来は創業家の鳥井家、「鳥井さん」をひっくり返したと小学校の頃、担任が言ってましたが、本当だと思いますか?
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Wikipediaによりますと…

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ブランド名「サントリー」の誕生 [編集]

1929年(昭和4年)4月、初めて発売したウイスキーに鳥井信治郎が「サントリー」と名付けた。これは当時発売していた赤玉ポートワインの「赤玉」を太陽に見立ててサン(英語のSUN)とし、これに鳥井の姓をつけて「SUN」+「鳥井」(とりい)=「サントリー」とした、ということになっている。「鳥井さん」(とりい・さん)を逆さにしてサントリーとしたという説も広まっているが、これは誤りである。
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だそうです。

田沼久太郎サマ
勉強になりました。ありがとうございます。

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「ニッポン無責任時代」太平洋酒のモデルはどこの会社?



「東宝 昭和の爆笑喜劇DVDマガジン VOL.1」でも参考文献に列挙している「クレージー映画大全」(フィルムアート社 1997年)は、大変すばらしい本です。

 絶版になっていてamazonのマーケットプレイスでも倍以上の値がついていますが、ぜひ復刊していただきたいものです。

しかしながら、どうしても一点気にかかることがあります。
 32ページ。「ニッポン無責任時代」のタイアップ先がサッポロビールとなっている点です。
 

この映画、ビヤホールは「ASAHI BEER HALL」の文字が見えるし、ジョッキも当時の朝日麦酒のロゴマーク。

なぜか、ビール瓶は皆ラベルを隠して撮影していますが、黒田社長歓迎宴にはバヤリースオレンジ、三矢サイダーといった朝日麦酒の製品が並んでいます。


洋酒メーカー寿屋は、この映画の翌年昭和38年に映画の中の太平洋酒と同様にビールにも進出し、その際、社名も寿屋からサントリーへ改めます。

松任谷由実「中央フリーウェイ」の♪左はビール工場=サントリー武蔵野ビール工場は、この時に出来ました。

寿屋のビール業界進出を手助けしたのは、朝日麦酒山本為三郎社長でした。
この後のクレージーキャッツ映画の小道具でも、堂々とラベルを映して朝日麦酒が使われますし、昭和40年にはクレージーキャッツがサントリービールのテレビCMにも出演しています。

 では「ニッポン無責任時代」のタイアップ先は、日本麦酒(当時のサッポロビール)ではなく朝日麦酒だったのでしょうか?
 
…いくら、朝日麦酒の山本為三郎社長が寿屋のビール業界進出を助けても、朝日麦酒がタイアップした東宝映画で、無料で寿屋の宣伝をすることは株主に対して説明がつかないでしょう。

おそらく、資金面でのタイアップは寿屋。そして、映画の中で麦酒などの飲料は朝日麦酒の製品を使った。しかし、翌年からビール販売で競合する予定の瓶ビールだけはラベルを隠して撮影したのではないかと思います。
 

昭和37年5月31日付の新聞広告です。
映画「ニッポン無責任時代」が公開されたのは、この年7月。
映画の中で、ビール発売に踏み切る太平洋酒は「寿屋」がモデルになっていることは間違いないと思います。


 ★ 山本為三郎   webcache.googleusercontent.com







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「なるほど、そういうことですね。サッポロビールはどう考えても違いますよね。 そうかあ、三ツ矢サイダーもバヤリースオレンジも朝日麦酒の製品なんですね。今は宴会でお酒が飲めない人はウーロン茶と決まっているようなものですが、昔はサイダーかジュースでしたよね。スーパードライ発売以前の朝日のシェアはキリン,サッポロに次いで、のように覚えてますが、しかし下戸の需要は一手に引き受けていたんですね。」

荻窪東宝サマ ありがとうございました。

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「サントリー」名前の由来は創業家の鳥井家、「鳥井さん」をひっくり返したと小学校の頃、担任が言ってましたが、本当だと思いますか?
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1929年(昭和4年)4月、初めて発売したウイスキーに鳥井信治郎が「サントリー」と名付けた。これは当時発売していた赤玉ポートワインの「赤玉」を太陽に見立ててサン(英語のSUN)とし、これに鳥井の姓をつけて「SUN」+「鳥井」(とりい)=「サントリー」とした、ということになっている。「鳥井さん」(とりい・さん)を逆さにしてサントリーとしたという説も広まっているが、これは誤りである。
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