映画やテレビのロケ地、取り壊された建物、あの場所には何があったか、誰も価値を見出さないお宝グッズなどを紹介します。★拍手コメントはブログ管理人TOKUSABUROは拝見出来ますが、お返事が出来ません。なるべく記事下のコメント欄(CM)をご利用ください。匿名、URLなしでもコメント出来ます。(TOKUSABURO宛メールは、メールフォーム欄から送信してください)
前回までのあらすじ
渋谷の鶯谷町だったかに住んでいて、朝、通学電車で一緒になることもあったT先生。
はにかみ屋で学外で会っても知らんぷり。口調がちゃきちゃきの東京言葉だが普段は温厚。かなり含羞の人だった。
ところが、突然怒り出すことがある。
オマエラ、ヘルメットにゲバ棒担いで「体制」がどうのと演説しているが「体制」って誰が作った言葉か知ってるのか? 誰々がナントカ(書物の名前)で「体制」と訳したのが最初だ。マルクスが「資本論」で最初にこの言葉を使ったのは、第ナン章の何ページだ。わかってるのかコノヤロと怒鳴りだしたのを覚えています。
(今調べたら井上哲次郎が「哲学字彙」で訳したのが最初らしい)
今はどうか知らないけれど、当時の明治学院は南側に校門がひとつあるだけで高校そして大学。
高校の前を通ってヘルメットにゲバ棒担いで「体制」がどうのと演説した後、デモ行進して大学へ向かうのは大学生たちで、高校生もオマエラやコノヤロに含めて欲しくなかったんですけど・・・。
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ワタシたちの高校大学時代は1970年代。旧制の高校・大学を出た先生たちが、まだ沢山いた。
中でも大正ヒトケタ生まれの先生方は、T先生のように授業中前触れもなく突然怒り出す特性があった。
あれはナゼなんだろう、生まれ育った時代に起因するのかなとずっと思っていました。
段々と、その理由がわかってきたのが10年ちょっと前から。
こちらは同世代だと思っている20代30代の洟垂れ共が笑ってくれるだろう、突っ込み入れてくれるだろうと思ってクスグリ入れた話がスルーしてしまうことが増えたのですわい。
洟垂れ共は、ここで笑っては失礼ではないかと躊躇しているか、世代を超えたクスグリがまったく意味不明か、あるいは面倒だから無視したのどれかだろうけれど、初老期の元オニイサンたちは居場所がなくなり、突然、暴走オニイサンになってしまうのですな。
今度の衆議院選挙投票日は12月14日。赤穂浪士の討ち入りの日。
今より、もっと洟垂れの青二才だった頃、吉良上野介って、ものすごく悪い意地悪ジイサンだと思っていたけど、最近は吉良さんにかなり同情してます。
松の廊下の刃傷沙汰の時、吉良上野介はアルフィーよりひとつ若い59歳でした。
浅野内匠頭が朝鮮通信使饗応役は一度やったことあるから吉良上野介のアドバイス受けなくても出来るもんねという振る舞いをしたように感じた吉良上野介は居場所がなくなり疎外感を感じてしまったのですよね。
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大学生がヘルメット被りゲバ棒振り回した大学紛争は昭和42年(1967年)秋に始まり翌年がピーク。1970年代に入ると内ゲバ化しました。
この時期に警察庁次長・長官を務めたのが、後に国会議員になった後藤田正晴さん。
当時、後藤田さんは新聞記者との懇談で冗談めかして「東大を解体すると言うんなら、どうぞおやんなさいだが、水戸高校に手出ししたら只じゃ置かない」と語ったという話があります。
後藤田さんは旧制水戸高校・東京帝国大学出身。
旧制高校・大学出身者にとって、高校はそれほど思い出深いものだったらしい。
現在はかなり設置基準が緩やかになったようですが、戦後の新制大学には入学して最初の二年間「教養課程」なるものがありました。
教養課程は「豊かかつ柔軟な人間性の涵養と、学問の世界に踏み込むにあたり広く深い見識を身に付けることで、専門課程や大学院等で学ぶための基本的素養・能力を養うことを目的とする」なんてのは、もちろん建前で、自分たちがお世話になった旧制高校の先生方が失業しないよう、旧制高校出身者たちが新制大学の中に組み込んだのが大学教養課程の正体です。
早い話、現在の東京大学は旧制一高の跡地駒場にある教養学部に入学し文科・理科でそれぞれⅠ類Ⅱ類Ⅲ類に別れ、その後、専門課程に進みますが、あのⅠ類Ⅱ類Ⅲ類というのは、旧制高校の第一外国語の別、甲類(英語)乙類(ドイツ語)丙類(フランス語)が形骸化しⅠ類Ⅱ類Ⅲ類として残ったものです。
これって、新制高校出身者にとっては、せっかく受験勉強しても大学の教養課程でまた2年間高校の授業のやり直しということになり、大学での学習意欲を失わせることになってしまっていたのですな。
いまだ中身を公開していない高見沢からの封書には、大学には入ったものの勉強する気が失せてしまったという内容が綴られています。
先日、いまだに高見沢と交流のあるD組のS君を通じ密かに打診したところ、1000拍手もあれば封書の内容も公開して構わないとのことでした。(真っ赤なウソ)
さぁ、読者の皆さん、進んで拍手しませう。
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